植物生態学講座・2004年度講座セミナー要旨 (05.04.04更新)
辻沢央
二型花柱性植物の中には、長花柱型はよく結実するが、短花柱型はほとんど結実せず花粉親としてしか繁殖に貢献していない種もあることが知られている(Waytt 1983)。これらの種では、雌雄異株性への進化が進みつつあると推測されている。また、二型花柱性の種と雌雄異株性の種を持つ二,三の属において、祖先的な二型花柱性植物のポリネーターが鳥や大型のチョウであるのに対し、それから派生したと考えられている雌雄異株性植物のポリネーターは小型の昆虫であることが報告されている(Muenchow & Grebus 1989)。これらの結果から、ポリネーターの変化が二型花柱性から雌雄異株への進化の一因であると予測される。しかし実際に、ポリネーターの変化が各花柱型の雌雄の繁殖成功に差異をもたらすかどうかを報告した研究例は稀である(Ornduff 1975)。また、ポリネーターの変化による機能的性表現の差異が、表現型としての性表現(雄蕊・雌蕊への資源分配)の変化をもたらすのかどうかは調べられていない。雪田の雪解け時期が異なる集団間では、ポリネーターとなる昆虫種の構成が異なる。北八甲田山系では、気温が低い春はハナアブ類が主なポリネーターであるのに対し、気温がある程度高い夏になると大型のハチ類が主なポリネーターとなる。ハチ類は花の奥深くまで潜り込むのに対し、アブ類は花の奥に潜り込むことはない。アブ類のこのような訪花行動は、二型花柱性から雌雄異株性への進化を促すと考えられる。なぜなら、アブ類は花の奥深くまで潜り込まないため、低い位置での花粉の移動が起こらないからである。よって、同じ種であっても、主なポリネーターがハチ類である遅咲き集団に比べ、アブ類である 早咲き集団では雌雄異株性への進化が進みつつあると期待される。本研究では雪田周辺に生育する二型花柱性植物ヒナザクラにおいて、主なポリネーターがアブ類である早咲き集団とハチ類である遅咲き集団との間で、雌雄器官への資源分配等を比較することによって、ポリネーターの変化が二型花柱性から雌雄異株性への進化を引き起こすのかどうかを検証する。
高CO2によって個体サイズは増加したが、呼吸速度とその2つの構成要素(維持呼吸速度、構成呼吸係数)にはいずれの器官でも高CO2の影響はほとんどなかった。呼吸量と乾燥重量を合算し光合成量を推定したところ、個体の光合成量は高CO2によって増加していた。しかし光合成産物の繁殖分配率が低下したため、光合成産物の繁殖分配量はCO2処理間で変わらなかった。光合成産物の繁殖分配率が低下したのは、高CO2生育によって栄養器官のサイズが増大し、栄養器官の維持呼吸量が増加したためであった。高CO2で光合成産物の繁殖分配量は増加しなかったが、繁殖器官の呼吸量が減少したため繁殖収量は増加した。繁殖器官の呼吸量の減少は維持呼吸量の低下によるものであり、これは高CO2生育個体で繁殖器官の初期成長が低く、比較的気温の高い繁殖成長初期において維持する繁殖器官サイズが小さくて済んだためだと考えられた。
松本洋祐
高密度の同種同齢の個体群では、発芽時期が同じでも個体間に大きなサイズ差が形成される。このサイズ差は、やがて繁殖収量の差につながる。個体間にサイズ差がなぜ形成されるかという問題に対して、その形成過程や決定機構に関して研究がなされてきた。こうした研究の多くは栄養成長期間までにとどまっており、サイズ差が繁殖収量にどのように影響するかについての研究は少ない。また、植物の最終目標は繁殖して次世代に子孫をのこすことであるから、繁殖収量を調べることは重要であると考えられる。そこで、オオオナモミの同齢個体群においてサイズ差が繁殖収量にどのように影響するのか調べることにした。繁殖収量は次式のように考えることができる。繁殖収量=繁殖期間の個体の成長速度×繁殖期間×繁殖器官への資源の転流率
サイズの違う個体でこの3つのパラメータを比べることで、サイズ差が繁殖収量にどう影響するのか知ることができる。また、成長速度は、光合成速度に注目して解析することで、得られた観測結果がどのようなメカニズムで生じたのか探る。
中村伊都
近年、大気CO2濃度は急激に上昇しており、将来の植物の動態を予測するために高CO2濃度に対する植物の応答の研究が多々行われている。このような研究では、長期間の高CO2濃度により生じた自然選択で、現在の植物とは異なった形質が進化しているかが重要なテーマの一つである。これを明らかにするためには、非常に長い間高CO2濃度の状態が保たれているCO2 spring付近で生育している植物を用いることが有効であると考えられる。今回の研究では月山のCO2 spring周辺でオオバコを複数の地点からサンプリングし、実験圃場のOTCで水耕栽培した。集団内の変異を考慮するため個体識別をし、同一個体の成長の変化を追跡した。また、光合成やクロロフィル量などの成長に直接影響を与える様々なパラメーターを解析できるようにサンプリングを行った。さらに、形態の変異を調べるため、樹脂包埋や気孔の顕微鏡撮影を行った。これらのデータの解析から植物が高CO2濃度に対してどのようにして適応しているのかを探っていく予定である。
小黒芳生
ヒメシャガ編一般に、大きな花を持つ植物ほど、送粉者を多く呼び寄せる。したがって、豊富な資源を持つ個体は大きな花をつけることで送粉者の訪花回数を増やし、繁殖成功を大きくすることができると考えられてきた。しかし、大きな花は同時に花食害者も誘引してしまうと考えられる。なぜなら、大きな花はその植物個体が豊富な資源を持っていることの指標となり、花食害者はそのような植物個体を選択することで、より多くの資源を効率よく獲得することができると考えられるからである。このため、多くの資源を持った個体でも、一定以上の大きさの花を作っても繁殖成功を大きくすることができないと考えられ、そこから繁殖成功が最大になる最適な花のサイズが決まってくるのではないかと考えられる。 食害が花の形の進化に与える影響を調べるため、花に食害を受けるヒメシャガを用いて実験を行った。
キバナアキギリ編
花序内の同時開花数が多いほど、訪花昆虫に対する誘引は大きくなるが、同時に隣花受粉も多くなってしまうことが知られている。また、個体のつける花序が多いほど、訪花昆虫に対する誘引が大きくなることが知られている。このため、訪花昆虫への誘引効果のメリットが隣花受粉のデメリットを上回るような数の花をひとつの花序につけるより、複数の花序へと花を分散させたほうが、その個体の繁殖成功を高めることができると考えられる。このような状況の下では、ある資源を持った個体が最大の繁殖成功を収めることができる最適な花序の数、花序内の花数が存在すると考えられる。イモムシなどの移動能力の低い食害者は、植物を食べるとき、そばにある部分をどんどん食べていく傾向がある。このとき、植物はひとつの花序にたくさんの花をつけるより、複数の花序に花を分散させたほうが一度に食害される花やつぼみの数が減り、食害のダメージを小さくできるのではないかと考えられる。花を複数の花序に分散させることが食害への防御となり、その個体の適応度が上がるのなら、食害は植物の花序数とそれぞれの花序内の花数を決める要因のひとつとなっている可能性がある。よって、最適な花序への花の分配を考える上で、恋煩いと食害の影響を調べることには大きな意義がある。花への食害が最適な花序数、花序内の花数へと与える影響を調べるため、個体のつける花序数、花序内の花数に変異のあるキバナアキギリを用いて実験を行った。
内野祐佳
植物は、訪花昆虫を誘引するために様々な方法をとっている。その中で「装飾花」という方法をとった植物に興味を持った。装飾花とは花弁が大きく発達した花のことであり、小さい両性花を囲むように存在している。一般に装飾花は、視覚的に目立つことで訪花昆虫の誘引に効いていると言われている。しかし、装飾花の数は個体間、個体内で変異があり、また近縁種でも装飾花を持つものと持たないものがある。もし、装飾花が誘引に重要な役割をしているとしたら、これらの変異は、訪花頻度を減少させ、適応度を下げるはずである。なのになぜこれらの変異が存在するのか?そもそも、本当に装飾花に誘引効果があるのか?そのことに疑問をもち、本研究では装飾花の誘引効果について調べた。装飾花に効果については当たり前のように言われているだけで、詳しく調べた研究はない。また装飾花は、機能についてもほとんどわかっていない。そのため、今回は装飾花の基本的性質について主に調べた。
加藤真也
一般に、蜜を多く分泌するほど誘引効果は大きく、ポリネーターの訪花頻度が増えるメリットがある。しかし、同時に花序内での連続訪花が促進され、自家受粉が増えるデメリットを生じる。先行研究によりポリネーターは蜜量の変異が小さい個体を好み、変異が大きい個体では連続訪花数が小さくなることが知られている。このことから植物は蜜量の変異によって送粉者の行動を操作しうることが考えられる。また、花序内の開花順ごとの花粉・胚珠数、P/O比の変異にはいくつかのパターンがあることが知られている。配偶子への投資パターンに応じて蜜量を変化させているのではないかと考えられる。本研究ではイカリソウ、ヒメシャガ、ニッコウキスゲ、オクトリカブトを用いて蜜量と配偶子への投資量の関係を調べる。
安村有子
窒素は光合成系タンパク質の主要素であり、植物の成長にとって欠くことができない重要な資源である。土壌には植物が吸収できる無機態窒素はそれほど多くないため、一般に植物の成長は窒素によって制限されている。植物は体内で窒素をリサイクルする機構を持っている。枯死する器官から窒素を回収し、新しい器官へと再投資する。このような過程を通して植物は一度獲得した窒素を効率よく成長へとつなげ、窒素不足を緩和している。本研究では、窒素のリサイクル機構に着目しながら、落葉性木本種ブナ・オオバクロモジ・タムシバ、一年生草本種シロザにおける窒素利用について調査した。博士論文は第一部・第二部にわかれる。第一部では、自然のブナ林に生育する樹木の物質生産・繁殖生態などに関する調査について報告する。第二部では、老化する葉からの窒素回収の過程について焦点をあてた調査について報告する。
***第一部 ブナ林に生育する樹木の生き様について
第一章 ブナ林に生育する上層種・下層種の窒素利用効率
森林群落では上層種・下層種は全く異なる光環境で生育する。この差が、植物の窒素利用にどう影響を与えるかを調べるため、自然のブナ林に生育する上層種ブナと下層種オオバクロモジ・タムシバの窒素利用効率を調査して比較した。窒素利用効率(NUE)は成長量/吸収窒素量と定義した。NUEは上層種・下層種で同程度であった。NUEをさらに、窒素生産性(NP、持っている窒素あたりの成長速度)と窒素滞留時間(MRT、獲得した窒素を体内に持っている期間)に分けて解析した。NPは上層種の方が高く、MRTは下層種のほうが長かった。これより、ブナ林で共存している種は、異なる方法で同程度のNUEを実現していることがわかった。
第二章 ブナにおけるマスティングと資源利用の関係
マスティング(群落の個体が同調して不定期に大量結実する現象)がブナの栄養成長にどう影響を及ぼすかについて調査した。1999年〜2003年の5年間、ブナのリター(種子を含む)を回収した。年間の成長量がリターの量とほぼ等しいという仮定のもと解析を行った。繁殖努力(RE、繁殖に投資した資源量の割合)は、乾重では0.22-0.38で、窒素では0.25-0.43であった。Relative somatic cost (RSC、成り年の栄養成長量が不作年に比べてどれだけ減少したかを表す)は、乾重では0.08-0.15、窒素では0.04-0.07と低く、大量の種子生産があっても栄養成長にはほとんど影響がなかったことを示唆した。ブナでは、種子生産に必要な炭水化物・窒素資源は貯蔵器官から来ているらしかった。
***第二部 老化する葉からの窒素回収について
第三章 異なる光条件下に展開する葉からの窒素回収率
ブナ林にて共存する落葉性木本種において、特に光環境の違いが窒素回収の程度にどう影響を及ぼすかについて調べた。調査には、ブナの成木と稚樹、オオバクロモジとタムシバの成木の葉を用いた。回収率(生葉がもっている窒素のうち回収される割合)には光環境の違いによる差がなかった。ブナにおいては、成木に比べて稚樹の回収率は低かった。回収度(回収によって減らすことのできる葉窒素レベル)はブナの成木とタムシバでは光環境によらず同程度だった。ブナでは、回収度もやはり成木より稚樹のほうが低かった。本研究より、光条件の違いは窒素回収の程度に影響を与えないことがわかった。また、ブナにおいては、窒素回収の程度は個体の成長段階によって変化することが示唆された。
第四章 オオバクロモジの葉の老化;各traitsの季節変化
葉の性質は生まれてから枯死するまで一定ではない。本研究では、落葉性木本オオバクロモジの陽葉、陰葉の諸性質(葉面積、LMA、窒素含量、Chl含量、光合成能力、タンパク質含量)が季節的にどう変化するかについて調査した。諸性質の値は陽葉と陰葉で大きな違いがみられた。陽葉・陰葉ともに葉面積は展葉終了後、ほぼ一定であった。それ以外の項目は季節的な変化を見せた。特に、窒素含量、Chl含量、光合成能力、タンパク質含量は秋の老化期に大きく減少した。
第五段落 異なる光・窒素条件で生育したシロザの葉からの窒素回収
葉からの窒素回収の程度は、同一種でも生育条件などによって変化することが知られている。個葉での窒素回収の程度がどのように要因に影響を受けてどのように決まるのかを調べることを目的として本研究を行った。一年生草本シロザを異なる二段階の光(HL、LL)と窒素(HN、LN)条件で生育させ、窒素回収の様子、また窒素回収と個体の成長(窒素のシンク力)、窒素の吸収量(外界からの窒素供給源)の関係について調査した。まず、基部から10、18、25番目の葉をターゲットにして生葉と枯葉の諸性質を比較した。LMA、窒素含量は葉の老化とともに減少した。Chlは、LL-HN個体以外ではほとんど完全に消失していた。窒素の回収率、回収度はHL-HNとHL-LN個体では高かったが、LL-HNでは特に低かった。葉内窒素の大部分を占めるタンパク質の含量は、葉の老化に伴って大きく減少していた。タンパク質を溶解度によって三分画(水溶性・界面活性剤溶性・不溶性)に分けたが、どの分画も同様に高い割合で分解されていた。
個体を1ヶ月ごとに刈り取りし、成長と窒素の吸収量について調べた。HL生育の個体はLL生育よりも成長がよく、窒素のシンク力が強かった。また、植物は与えられた窒素のほとんどを吸収していた。このため、HN生育の個体はLNの個体よりたくさんの窒素を吸収によって得ることができていた。従って、相対的な窒素のシンク力はHLHNHLLN, LLLN > LLHNの順であった。窒素の回収はLL-HNで顕著に低かったが、HNHNやHLLNでは同程度の高い値を示していた。このことから、窒素回収は相対的な窒素のシンク力と比例して増減するのではなく、LLHNのように特に低い場合に減少することが示された。
及川真平
植物の葉の最も基本的な役割は光合成によって炭素を獲得することである。その役割はどの植物でも同じであるにも関わらず、その存続期間は幅広く、短いものでは水生植物の15日、長いものでは常緑針葉樹の45年にまで及ぶことが知られている。葉寿命の多様性を説明するために、コストーベネフィット仮説が提唱された。これは、「葉寿命は純炭素獲得(光合成によって得られる利益から葉を作り維持するコストを差し引いたもの)が最大になるように決定される」という説である。例えば、寒冷地に生育する針葉樹では、光合成を行えるのはごく限られた夏の間だけなので、葉の構成や維持に要したコストを償却し、さらに正の稼ぎを得るのは容易ではない。そこでこれらの針葉樹は、葉寿命を長くし長期間にわたって光合成を行うことによってそれを達成していると考えられている。実際、構成コストに対する光合成能力の比が低い種ほど葉寿命が長いことがいくつかの研究によって示されており、コストーベネフィット仮説の妥当性が裏付けられてきた。しかし、これまでの研究ではある一時間断面における光合成速度が用いられており、葉の生涯にわたる炭素収支を定量的に調べた研究は少ない。茎を伸ばしながら次々と新しい葉を作り、先に作られた茎の下方の葉は次々と枯れていくというリーフ・フェノロジーは、草本、木本植物のいずれにおいても数多く報告されてきている。新しい葉の生産によって古い葉の光環境は時間とともに低下する。そして古い葉のタンパク質は分解され、窒素は新しい葉に転流される。光環境の悪化と窒素の減少により、葉の光合成速度は時間とともに低下する。葉の生産が他の葉の光環境を変え、炭素獲得に影響を及ぼす。そして炭素獲得は引き続き葉の生産や枯死に影響を及ぼす。本研究では、これらの動的なプロセスを定量的に追跡調査し、その因果関係を明らかにすることを目的とした。(第一章は修論なので、第二〜四章がメイン。当日は第一章は省く予定。)
第一章 落葉性草本ワラビの、出現時期の異なる葉のコスト-ベネフィット関係 放牧草地に生育する落葉性草本ワラビの出現時期の異なる葉の寿命、光合成能力、構成に要した炭素コストを調べた。ワラビは4月から10月にかけて連続的に葉を作った。出現時期が早い葉ほど寿命が長く、光合成能力と構成コストが高かった。また、より後に作られた寿命の短い葉ほど構成コストに対する光合成能力の比が高いことが分かった。この結果は、より後に出現し生育期間が限られている葉でさえもその構成に要したコストを光合成によって償却できる可能性を示唆した。本研究は、コスト-ベネフィット仮説が同一種内でも適用できることを初めて示した。
第二章 一年生草本オオオナモミの葉群における葉面積と窒素の動態 植物が成長し新葉を作るためには窒素(N)が必要であるが、土壌からのN吸収がその需要を満たさない場合、植物は古葉からNを回収してその需要を満たすので古葉は枯死する。最近この新葉と古葉のあいだのNを巡る競争が葉寿命の決定要因だという説が提唱された。本研究では、植物の成長に伴い各葉のN状態がどのように変化するのかを明らかにするために、オオオナモミの群落を2つの栄養条件下で育て、植物の成長に伴う葉の動態(生産と枯死)、それに伴うNの動態(吸収、回収、損失)を調べた。生育期間中、茎の頂上には次々と葉が生産され、下方の葉が次々と枯死した。葉面積の枯死速度と新葉生産のために要したN量との間には正の相関が見られた。この結果は、葉の枯死速度の主要な決定要因は新葉と古葉のNを巡る競争であるという説を支持した。
第三章 一年生草本オオオナモミにおける葉寿命の決定要因(I. 個葉の炭素収支)
個葉に着目し、それぞれの炭素獲得と損失のバランス(炭素収支)と葉寿命の定量化を行った。これまでの炭素収支と葉寿命に関する研究は、光合成速度や呼吸速度をある一時間断面において測定したものであり、定性的な議論にとどまっていた。そして、炭素収支と葉寿命との機能的な関係は明らかにされていなかった。その原因としては、各葉の受光量、炭素獲得と損失も刻一刻と変化するため、葉の一生にわたってこれらを定量的に評価するのは困難であったことが挙げられる。そこで本研究では、ある一時間断面における群落(葉群)の光合成量を推定する「群落光合成モデル」の手法と、葉の生産と枯死を長期間にわたって追跡調査する手法を組み合わせるという新しい試みを行った。葉は群落上部に生産されその直後は多くの光を受け取っていたが、さらなる新葉の生産によって光環境は悪化し、炭素獲得速度は徐々に低下した。富栄養条件の群落では、光合成生産が低下し炭素獲得がなくなったときに葉が枯死した。これはコスト-ベネフィット仮説の予測と一致しており、光環境の悪化が葉寿命の決定要因であることを示している。しかし、貧栄養条件の群落においては、また炭素獲得速度がそれほど低下していないうちに葉が枯死した。これは、新葉生産を行う際に土壌からのN供給が不足するため、古葉からのN回収がより早く、結果としてまだ炭素獲得が可能な葉でも枯死に至ったと考えられる。これらの結果から、葉寿命を決定する要因はN条件によって異なっており、どちらかひとつの仮説では説明できないことが示唆された。
第四章 一年生草本オオオナモミにおける葉寿命の決定要因(II. 新葉と古葉のNを巡る競争)
古葉から回収したある量のNを新葉に転流する場合、古葉がそのNを持っているよりも新葉が転流した方がより多くの光合成生産を行えるはずである。そうでなければ、転流に要するコストや、回収しきれずに枯葉とともに植物体外に排出されるNのために、Nを転流することが植物にとっては損になるからである。本研究では、Nを転流した場合としない場合の植物個体の炭素獲得量を比較するための感受性分析を行った。富、貧栄養条件いずれにおいても、Nを転流した場合(すなわち、古葉が枯れた場合)としない場合(古葉が枯れなかったと仮定した場合)の個体の炭素獲得量は似ていた。葉は、それ以上生き続けると個体の炭素獲得量を減少させてしまうときに窒素をより新しい葉に転流して枯れるようだ。 (計算における仮定の妥当性などについて現在検討中)
結論:葉は、その葉自身が正の炭素獲得を維持できなくなったために枯れるのではなく、その葉が持つ窒素をより光合成に好適な環境(明るい場所)にある葉に転流し個体の炭素獲得を大きくするために枯れる。
衣笠利彦
高CO2下では一般に光合成速度が促進され、個体サイズが増加する。しかし繁殖収量の高CO2応答は個体成長のそれと必ずしも一致せず、収量が増加しない場合もある。このような現象は、高CO2下における繁殖収量が個体成長のみに依存するわけではないことを示している。しかしこれまで、高CO2下で繁殖収量が決定されるメカニズムについての解析はほとんどなされていない。そこで本研究では一年生草本オオオナモミをモデル植物に用い、高CO2に対する繁殖収量の応答メカニズムを、?@乾重成長とその繁殖分配、?A光合成産物の獲得とその繁殖分配、呼吸による消費の2つの観点から解析した。第一章では、繁殖収量を?@成長速度?A繁殖期間?B乾重の繁殖分配率の3つの決定要素の積で表し、繁殖収量とその決定要素の高CO2応答を調べた。第二章では、繁殖への物質分配の評価が呼吸消費を含めるかどうかでどう異なるのか、なぜ異なるのかを明らかにした。第三章では、第一章でみられた高CO2による乾重レベルでの物質分配の変化が、光合成産物と呼吸消費のどのような変化の結果であるのか明らかにした。
第一章 Reproductive allocation of an annual, Xanthium canadense, at an elevated carbon dioxide concentration
高CO2による繁殖収量の促進が、個体成長の促進と一致しないことがあるのはなぜか?
乾重成長とその繁殖分配の観点から解析・繁殖収量の高CO2による増加は、個体成長促進よりも小さかった
・これは高CO2によって繁殖への乾重分配率が低下したためだった
・この低下は、種子生産量が増加しなかったためで、それは窒素による種子生産量の制限のためだと考えられた
第二章 Respiration and reproductive effort in Xanthium canadense
乾重による繁殖分配率の評価は、呼吸消費を考慮した評価と異なるのか?
乾重を光合成産物量とその呼吸消費の結果として解析・呼吸消費を考慮して光合成産物量で評価した方が、繁殖分配率の評価が低かった
・これは繁殖器官の維持呼吸が非常に低く、光合成産物の呼吸消費割合が栄養器官より小さいためだった
第三章 Respiration and reproductive growth in an annual, Xanthium canadense, at an elevated carbon dioxide concentration
高CO2による繁殖収量の促進が、個体成長の促進と一致しないことがあるのはなぜか?
光合成産物の分配と呼吸消費の観点から解析一章でみられた繁殖分配率の低下は、光合成産物の分配率の低下によるものなのか、呼吸消費の変化によるものなのか?
・ 呼吸速度、維持呼吸係数、構成呼吸係数に高CO2の影響はほとんどなし
・ そのため高CO2による繁殖分配率の変化は、呼吸を考慮してもしなくてもあまり変わらなかった
結論
オオオナモミの種子生産は窒素の投資量で決まっており、栄養条件が変わらない場合その生産量は高CO2で増加しない。そのため高CO2による繁殖収量増加は個体成長促進よりも小さく、乾重の繁殖分配率は低下する。オオオナモミでは呼吸速度に対する高CO2の影響は小さく、呼吸速度は高CO2に対する個体成長と繁殖収量の促進の違いにはあまり関係しないと考えられる。
第四章について
現在、第一章で示唆された種子生産における窒素律速を検証するため、光と栄養条件を変えて利用できる炭素と窒素のバランスの異なる条件を設定し、種子生産量と種子窒素量の関係を調べた実験の解析を行っています。解析結果が芳しければ、第四章としてD論に付け加える予定です。
Why does the photosynthetic light acclimation potential of mature leaves vary between species?: The mechanisms and significance of photosynthetic light acclimation viewed in leaf anatomical characteristics.
小野田雄介
窒素はタンパク質に必須の構成元素であり、植物は窒素の多くを光合成タンパク質に分配している。一方で、自然界で植物が利用できる窒素は限られており、窒素の有効利用は植物の適応度にも貢献する。私は、環境変化に対して、植物の葉の窒素分配と光合成がどのように応答するかについて注目し研究を行ってきた。第1章は細胞壁と光合成系への窒素分配の関係についての報告であり、第2, 3章は光合成系内のタンパク質(窒素)分配についての報告である。第4, 5章では天然のCO2噴出地を利用して、CO2濃度上昇が葉の窒素と光合成に与える影響を進化的観点も含めて議論する。
第一章 細胞壁と光合成系への窒素分配のトレードオフ
葉の窒素の多くは光合成タンパク質に存在するため、葉の窒素含量と光合成の間には一般的に強い相関がある。ところが種や生育条件によって、この相関関係は異なる。この原因として、光合成タンパク質への窒素分配率の違いが重要とされてきた。その一方で、光合成タンパク質への窒素分配率が低下したときに、他のどのような物質への窒素分配率が増加したのかは分かっていない。私は細胞壁に注目し、細胞壁への窒素分配率の増加が光合成系への窒素分配率を低下させる(光合成系と細胞壁への窒素分配の間にトレードオフがある)という仮説を立てた。この仮説を検証するために、同一種の発芽時期をずらすことにより、葉の性質に変異を与えた。発芽時期が遅い個体は、生育期間が短く、光合成の鍵酵素であるルビスコへの窒素分配率が高かった。一方、細胞壁を調べたところ、細胞壁への窒素分配率は発芽時期が遅い個体で低かった。植物は細胞壁を増やすことにより頑強で寿命の長い葉をもつことができるが、その一方で光合成タンパク質量を犠牲にすることが分かった。
第二章 ルビスコ能力とRuBP再生能力のバランスの季節変化が光合成のCO2応答に影響する
ルビスコと、RuBP再生に関わる種々のタンパク質は光合成タンパク質の大部分を占め、葉の窒素分配を考える上で重要である。ルビスコとRuBP再生能力はまた、低CO2と高CO2での光合成速度を制限するため、両者のバランスの変化は光合成のCO2応答に影響する。これまで両者のバランスは生育環境にあまり依存しないと考えられていた。しかし、私は季節の温度変化が両者のバランスを変化させることを発見した。この結果はガス交換とタンパク質量分析の両面から支持された。この結果はまた、温度順化が植物の光合成のCO2応答に影響することを意味した
第三章 ルビスコ能力とRuBP再生能力のバランスの温度応答の種間差のメカニズム
生育温度変化によって、ルビスコ能力とRuBP再生能力のバランスはイタドリでは変化したが、一方でバランスを変化させない種がいることも報告されている。なぜ温度順化に種間差があるのだろうか?私は両者の温度依存性に注目し、バランスが変化するタイプであるイタドリと変化しないタイプであるブナを比較し、解析した。その結果、イタドリはRuBP再生能力の温度依存性が相対的に大きく、低温でRuBP再生制約になることが分かった。これを補償するために、イタドリではRuBP再生能力を相対的に増加させることが示唆された。一方で、ブナはRuBP再生能力の温度依存性が低く、常に光合成はルビスコ律速のため、分配を変える必要がないと考えられた。この仮説は、これまでの文献値についても当てはまる。
第四章 天然のCO2噴出地に生育する植物における高CO2環境の影響
ルビスコ能力とRuBP再生能力のバランスは生育CO2条件によっては変化しない言われるが、理論的にはRuBP再生能力を相対的に高める方が成長促進につながる。ではなぜ両者のバランスは生育CO2条件で変化しないのか?1つの可能性として、大気CO2濃度は数万年に渡り安定に保たれていたために、植物は高CO2に適応する能力をもっていないことが考えられている。ならば天然のCO2噴出地の付近で、数百年以上に渡って高CO2環境に曝されている植物なら、高CO2環境に適応しているかもしれないと考えた。そこで天然のCO2噴出地を調査し、植物研究の調査地として確立しようと考えた。東北地方の天然のCO2噴出地を巡り、自然植生が残りかつ硫化水素などのコンタミのない場所を3箇所見つけた。それぞれの調査地で、5-10月の毎月CO2濃度観測を行い、高CO2区とコントロール区を設定した。高CO2区で生育する植物は、デンプンの蓄積が多く、葉の窒素濃度が低下しており、典型的な高CO2応答が見られた。この結果は、これらの調査地が、長期間の高CO2の影響を研究するのに適していると言える。
第五章 天然のCO2噴出地に生育する植物のCO2応答の遺伝的な違い
上記の3箇所の天然のCO2噴出地から、それぞれ優占種を採取し、2つのCO2濃度条件で生育させた。高CO2由来の遺伝型が、コントロール由来の遺伝型に比べて、相対的にRuBP再生能力が高いという結果は得られなかった。これはルビスコ能力とRuBP再生能力のバランスが非常に変異しにくい性質であるからかもしれない。一方で、高CO2由来の遺伝型が、コントロール由来よりも、低い気孔コンダクタンスを示すなど、一部では高CO2適応と見られる応答も観察された。
性投資量(♂・♀への投資の分配)は♂・♀成功を通じて適応度に影響する。そのため、植物の繁殖を理解する上で性投資量の変異を調査することが重要である。これまで、様々な種で個体間・個体内の性投資量の変異が報告されている。これらの性投資量の変異は「資源量の影響」や「集団の性比の経時変化の影響(=開花日の影響)」等によってに説明されてきた。資源量や集団の性比の経時変化(開花日)が性投資量に与える影響についての理論的研究も進んでいる。性投資には「量的投資」と「時間的投資」の2種類がある。「量的投資」とは花粉数・胚珠数、「時間的投資」とは♂・♀期間への投資である。花粉数・胚珠数は直接♂・♀成功に影響する。♂・♀期間は交配の機会(花粉の放出・受け取り)の増減を通じて♂・♀成功に影響する。量的に多く投資しても、交配の機会がなければ繁殖成功は増加しない。。
逆に時間的に多く投資しても、花粉数・胚珠数が少なければ、繁殖成功は増加しない。このように「量的投資」と「時間的投資」はともに♂・♀成功を通じて適応度に影響する。過去の研究では「量的投資」または「時間的投資」一方に注目をしたものがほとんどだが、それら両方を考慮した性投資量の評価が必要である。
明らかにすること
1.性投資量が個体間・個体内で変異するのか?(量的・時間的投資からの評価)
2.その変異は、資源量の影響か?開花日の影響か?
結果
個体間・個体内で性投資量の変異が見られた(性投資比は個体間のみ変異)。
○個体間での性投資量の変異(各個体1花あたりの平均を比較)
資源量(個体サイズ)が大きいほど、花粉数・胚珠数が多く、P/O比が小さい(より♀的)。花寿命・♀期 間が長い。開花日が早い個体ほど胚珠数が多く、♀期間が長い。資源量と開花日には相関があった(資源大ほど早く開花)。資源量と開花日の影響を分離したところ、資源量が性投資量に影響を与えていた。(開花日は性投資量に影響しなかった。)
○個体内での性投資量の変異(個体内の位置ごとの平均を比較)
個体内で遅く開花する花は、花粉数・胚珠数が少ない。P/O比は変化なし。♀期間が短い傾向。花粉数・胚珠数がともに減少していることから、遅く開花する花では資源量が少ない。P/O比が変化してないことから、適応的な変異ではなく資源制約の影響が示唆される。開花日の影響については不明である。
小野広善
生物の生存にはエネルギー源が必要不可欠です。現在、地球上で利用可能なエネルギーを創出しているのは主に植物です。植物はこれを、太陽光エネルギーから有機物を創出する光合成によって行っています。よって、光合成の効率を知ることは地球上の生命活動を考える上で欠かせません。 光合成の効率は温度や光強度によって異なることが知られています。特に光が強すぎる時、光合成の最上流部に位置する光化学系IIが傷害を受けることが知られています。これが起こると光合成の効率が低下します。このことを光阻害といいます。光阻害の程度は低温や貧栄養等のストレスにより大きくなることが知られています。植物は環境の変化に伴って、形態的・生理的性質を変えることがあります。このことを順化といいます。特に温度は短期間でも大きく変動します。低温条件下では光阻害がかなり強くなり、生死に関わることもあります。なので、植物は低温での光阻害を弱めるように順化をすると考えられています。とはいえ、光阻害を弱める方法は幾つかあります。それらの方法をクロロフィル蛍光測定を用いて総合的に評価することで、低温での光阻害耐性がどのように順化するか調べています。
Borjigidai Almaz
化石燃料の大量消費などの人間活動により、今世紀末までに大気CO2濃度は現在の二倍700ppmに達し、年平均気温は2-5°C増加すると予測されている(IPCC 2001)。CO2は光合成の基質なので、CO2上昇は直接、植物の物質生産(一次生産となる光合成)機能に大きな影響を与える。高CO2による光合成速度の応答についてはよく研究されてきたが、季節的な温度変化を考慮した研究は相対的に少ない。温度は植物の光合成応答と密接的に関連する。温度の光合成関係は種によって様々であり、同一種でも生育温度によって変化する。温度の光合成関係が変化するメカニズムはまだ不明な点が多い。野外の温度環境は季節と共に大きく変動するため、植物の高CO2応答は季節変化に大きく影響されると考えられる。
我々は、岩手県雫石で行われているRice FACE(Free Air CO2 Enrichment、野外の群落に直接、高CO2濃度のガスを吹き付ける自由大気CO2上昇実験)においてイネの光合成特性の変化を二年間(2003-2004)調べた。光合成能力はRuBP carboxylation最大速度(V cmax)、RuBP regeneration最大速度(Jmax)、気孔コンタクタンス(gs)、葉内CO2濃度(Ci)などの関数として評価できる。我々はイネの生育期間を通し(6、7、8、9月)、FACEとAmbient CO2条件におけるイネの葉光合成の温度依存性(15-35℃)を調べた。
岡本絵里
植物は移動能力を持たないため、常に草食動物に食べられる脅威にさらされています。草食動物は、主に植物の葉を食べます。植物にとって、葉は光合成を行い、成長に必要な物質を生産する大切な器官です。葉を食べられることは、植物の成長悪化に直接つながります。しかし、植物はただ無防備に食べられているわけではありません。葉を食べられた植物は、そのダメージを最小限にするように応答(被食応答)します。多くの種でこの応答が調べられており、種によって応答が違うことが分かっています。しかし、どのような種でどのような応答が起きるのか、そのメカニズムについては分かっていません。被食応答は、葉の窒素濃度(LNC)に注目すると大きく2つの応答に分けることができます。1つはLNCを下げ、タンニンなどの防御物質を蓄積してさらなる被食を防ぐ誘導防御、もう1つはLNCを上昇させ、光合成速度を上げて成長を促進する補償的光合成です。木本植物では誘導防御の報告が多いですが、コナラの当年生実生ではLNCの上昇が報告されています。このことから、LNCが上がるか下がるかは種特性より環境などに左右される性質ではないかと考えられます。私は、この応答の違いを奪葉時のN/C バランスの違いで説明できるのではないかと考えました。「N/C 比の違いが応答の違いにつながる」という仮説を立て、それを検証するための実験を行いました。
Age が異なる個体を2つの栄養条件で育て、葉を人工的に摘み取る(奪葉処理)実験を行いました。そして、そのN/C 比の違いが、LNCと光合成にどのような影響を与えるかについて調べました。
宮城佳明
- 高CO2条件下では、光合成速度が促進されるため多くの植物で繁殖収量が増加する。
- しかし、その促進程度には種間差があることが先行研究により指摘されており、種子
- 収量の高CO2応答においても同様だ。オオオナモミでは、高CO2下で種子収量は増加し
- なかった。これはなんらかの理由で種子生産が窒素に律速されており、バイオマスを
- 増やすことができなかったからだと考えられた。(Kinugasa et al.2003 Oecologia
- 137:1-9)。そこから、我々は二つの仮説を立てた。?@高CO2条件下において、種子収
- 量は窒素に律速されており、より多くの窒素を獲得・利用できたものほど種子生産の
- 促進が大きい。?A種によって種子の窒素要求は様々で、N要求(≒N濃度)の低い種ほ
- ど高CO2による種子生産の促進が大きい。これらの仮説を検証するためOTCで8種の一
- 年草を育て、各々から種子収量を得た。種子収量を、繁殖期間の長さ、繁殖期間中の
- 資源獲得速度、繁殖器官への資源転流率、および繁殖器官重における種子重の割合の
- 積として表し、種子の窒素量を、繁殖期間の長さ、繁殖期間中の窒素獲得速度、繁殖
- 器官への窒素転流率、および繁殖器官窒素量における種子窒素量の割合の積として解
- 析した。高CO2により種子収量が増加したものが5種、増加しなかったものが3種で
- あった。種子収量の増加した種のうち全ての種で、収量の増加は繁殖期間中の資源獲
- 得速度の上昇で説明された。また、種子窒素量が増加した種のうち全ての種で、その
- 窒素量の増加は繁殖期間中の窒素獲得速度の上昇によるものであった。高CO2による
- 種子窒素量の促進率と種子収量の促進率の間には正の相関があった。特にマメ科植物
- の窒素獲得量の高CO2応答は大きく、窒素固定による影響が示唆された。これらのこ
- とから、繁殖期間中に獲得、利用できた窒素量が高CO2条件下で高い植物ほど種子収
- 量の増加が大きいと結論された。また、種子窒素濃度と高CO2による種子収量の促進
- 率の間には相関がなく、仮説?Aは棄却された。
石川数正
植物の分布は、温度によって大きく影響される。光合成の温度依存性は種によって異なることが知られており、種の温度適応を決定する一つの要因であると考えられる。本研究では、光合成の温度依存性を決定する生化学的要因が、遺伝型間でどの様に異なるかを調べた。材料には、亜寒帯から亜熱帯まで分布し、遺伝的変異が大きいことが知られているオオバコを用いた。北海道・仙台・静岡・沖縄に自生している個体を採取し、15℃または30℃で生育させた。そして、異なる温度・CO2濃度で光合成速度を測定し、光合成の温度依存性を決定する以下の4つのパラメーターを比較した。(1)ルビスコ活性の温度依存性、(2)RuBP再生反応の温度依存性、(3)葉内CO2濃度、(4)RuBP再生反応/ルビスコ触媒反応(両反応に投資するタンパク質の分配率)
(1)、(2)、(3)は15℃、30℃の両生育温度において地域差はなかった。(4)は、15℃生育において北海道>仙台>静岡という傾向が見られた。光合成速度は二つの律速要因であるルビスコ触媒反応とRuBP再生反応のどちらか一方によって決定される。温度−光合成曲線において、ルビスコ触媒反応とRuBP再生反応のうち、どちらが律速しているかを解析した。その結果、北海道由来のオオバコの光合成速度は、全ての温度においてルビスコによって律速されていた。一方、静岡由来のオオバコの光合成速度は、10℃から15℃付近までRuBP再生反応によって、15℃以上の温度ではルビスコによって律速されていた。以上から、光合成系タンパク質のバランスが変化することが、異なる温度環境への適応に関係していると示唆された。
鈴木由佳
フキは3つの花序型をもつ、めずらしい性表現の植物である。メス花序は、多数のメス小花(雌しべ稔性有り・花粉なし)と少数の両性小花(雌しべ不稔・花粉無し)を持つとされ、オス花序は、両性小花(雌しべ不稔・花粉有り)のみを持つとされている。最近これに加えて、両性小花(雌しべ不稔・花粉有り)とメス小花(雌しべ稔性有り・花粉なし)を持つ花序(「オスメス花序」と呼ぶ)も低頻度で出現することがわかってきた。フキの性表現がなぜこのように多様なのかを説明するには、まだ不明な点がある。オスメス花序の雌小花の役割→結実するのか?昆虫の訪問に影響を与えるのか?雌花序の両性小花の役割→訪花昆虫を誘引するのか?など。
本研究では、
1.花序型の違いが昆虫の訪問や結実に影響を与えるのか(花序型間の比較)、2.雌花序の両性小花の有無が昆虫の訪問や結実に影響を与えるのか(両性小花除去実験)について調べた。
その結果、
1.昆虫の訪花が十分に見られた時の花序訪問回数は、雌花序<雄花序<オスメス花序だった。また、オスメス花序は結実するが、結実率は雌花序に比べて有意に低かった。
2.両性小花を除去したメス花序と無処理のメス花序の花序訪問回数・結実率は変わらなかった。
これらのことからオスメス花序は、他の花序にはない訪花昆虫誘引効果があるかもしれない。またオスメス花序は結実率については、結実する能力が不完全である可能性や隣花受粉によって近交弱勢が起こる可能性などが考えられる。メス花序の両性小花は、訪花昆虫の誘引や結実率の増加するための役割はないかもしれない。
松本洋祐
高密度の同種同齢の個体群では、発芽時期が同じでも個体間に大きなサイズ差が形成される。このサイズ差は、やがて繁殖収量の差につながる。個体間にサイズ差がなぜ形成されるかという問題に対して、その形成過程や決定機構に関して研究がなされてきた。こうした研究の多くは栄養成長期間までにとどまっており、サイズ差が繁殖収量にどのように影響するかについての研究は少ない。また、植物の最終目標は繁殖して次世代に子孫をのこすことであるから、繁殖収量を調べることは重要であると考えられる。そこで、実験圃場でオオオナモミの同齢個体群をつくり、非破壊的な追跡調査と破壊的な調査を組み合わせることによって、サイズ差が繁殖収量にどのように影響するのか調べた。サイズが小さい個体は枯死しやすく繁殖できずに枯死する個体が多かった。また、サイズが小さい個体は開花日が遅くなっていた。さらに繁殖できた個体について、次のような解析を行った。繁殖収量は次式のように考えることができる。繁殖収量=繁殖期間の成長速度×繁殖期間×繁殖器官への資源の転流率実験結果では、サイズが大きい個体ほど繁殖収量が大きく、個体の成長速度も大きかった。繁殖期間はサイズとの相関がみられなかった。転流率はサイズが小さい個体は小さく、ある大きさ以上の個体は値が一定になっていた。以上のことから、サイズ差による繁殖収量の差は主に成長速度が影響し、小さい個体は転流率が小さいことも影響していることがわかった。また、小さい個体は開花日を遅らせるというフェノロジーの差が生じることもわかった。
内野祐佳
一般に装飾的な花は、視覚的に目立つことで訪花昆虫の誘引に効果があるといわれている。しかし、装飾的な花が本当に繁殖成功に貢献しているのか調べた研究はない。今回の研究では、装飾的な花として、装飾花と舌状花について調査した。実験1 装飾花が繁殖成功に与える影響
装飾花を持つ2種の植物(オオカメノキとヤブデマリ)を用いて、装飾花が訪花と結実に与える影響について調査した。訪花数は、装飾花がある花序とない花序で変化しなかった。結実数も、花序の装飾花の数の違いによって変化しなかった。これは、装飾花が花序レベルでは、訪花、結実に貢献していないことを示唆している。今後は、個体、パッチレベルでの装飾花の効果について調査し、さらに装飾花の働きについて明らかにしていきたい。
実験2 舌状花が昆虫の訪花行動に与える影響
ノコンギクの舌状花が、訪花数に与える影響を、パッチ間と個体間で調査した。パッチ間の比較では、舌状花ありのパッチは、舌状花なしパッチに比べて有意に訪花数が多かった。個体間の比較では、舌状花ありと舌状花なしの個体で、訪花数に差はなかった。このことから、舌状花はパッチ選択には貢献しているが、パッチ内の個体選択には貢献していないと考えられる。
中村伊都
近年、大気CO2濃度は急激に上昇している。将来の高CO2濃度環境下において、現在の植物とは異なった形質が進化するかは重要なテーマの一つである。進化を考えるうえで、非常に長い間高CO2濃度の状態が保たれているCO2 spring付近で生育している植物を用いることは有効であると考えられる。CO2 spring周辺の植物を移植し、同じ環境下で生育させた研究では、由来CO2濃度の異なる個体で相対成長速度(RGR)などに違いがあることが示されている。しかし、その違いを引き起こしている原因までを明らかにした研究はない。そこで、今回の研究では月山のCO2 spring周辺のオオバコをサンプリングし、実験圃場のOpen Top Chamber(OTC)で水耕栽培することにより、同一個体の成長の変化を非破壊的に追跡し、成長解析を行った。さらに、光合成測定や、刈り取りによるバイオマス、窒素分配の解析なども行った。同一CO2濃度で育てると、高CO2濃度由来の個体ほど、RGR、葉面積比(LAR)は高い傾向にあり、単位面積あたりの光合成速度や単位重あたりのN量は低下する傾向にあった。また、これらの傾向はCO2濃度の異なる2つのOTCで同様に見られた。以上のことから、CO2 spring付近で生育しているオオバコは、根よりもシュートへバイオマスを多く分配し、LARを増大させていることにより、低CO2濃度由来の個体よりも高いRGRを実現していることが明らかになった。
小黒芳生
花序内の同時開花数が多いほど、訪花昆虫に対する誘引は大きくなるが、同時に隣花受粉も多くなってしまうことが知られている。また、個体のつける花序(花のまとまり)が多いほど、訪花昆虫に対する誘引が大きくなることが知られている。このため、訪花昆虫への誘引効果のメリットが隣花受粉のデメリットを上回るような数の花をひとつの花序につけるより、複数の花序へと花を分散させたほうが、その個体の繁殖成功を高めることができると考えられうへぇ。このような状況の下では、ある資源を持った個体が最大の繁殖成功を収めることができる最適な花序の数、花序につける花の数が存在すると考えられる。花食害は植物の繁殖に大きなダメージを与えている。もし、花食害が花序の数や、花序につける花の数の影響を受けるなら、花食害は最適な花序の数、花序につける花の数に影響を与えている可能性がある。では、花序を増やすこと、花序内の花数を増やすこと、どちらが花食害を受けにくいのだろうか?
本研究では個体のつける花序の数、花序につける花の数にばらつきのあるキバナアキギリを用いて、花序数、花序につける花の数が食害に与える影響、食害の繁殖に与える影響を調査した。
花序内の花数が増えることによっては食害数が増加せず、花序が増えることによって食害数が増加していた。よって、花序を増やすよりも、花序内の花数を増やしたほうが食害を受けにくいと考えられる。花時期の食害は、種子生産には影響していなかった。食害数が増えると咲かないつぼみ、果実にならずに落ちる子房が増えたので、キバナアキギリは実際果実にする以上の花をつけることによって、食害を補償していると考えられる。
加藤真也
植物は蜜を出して訪花昆虫を誘引する。植物によって蜜の出し方は花序内の開花順や位置ごとに様々な傾向があるが、そのパターンを決定する要因は明らかになっていない。一方、過去の研究では花序内の開花順ごとの配偶子(花粉・胚珠)への資源投資の変異にはいくつかのパターンがあることが知られている。今回の研究では蜜分泌と配偶子への資源投資パターンとの関連性に注目した。蜜の役割は、花粉数と蜜量が多い場合は雄的、胚珠数と蜜量が多い場合は雌的であると考えられる。
イカリソウ、ヒメシャガ、ニッコウキスゲ、オクトリカブトの4種を用いて蜜分泌パターンの開花順、位置、開花中の時間ごとの変異を調べ、配偶子への資源投資との関連性を調べた。
イカリソウ、ヒメシャガでは花の位置による蜜量の有意差はみられなかった。ニッコウキスゲの蜜量や濃度は個体内で開花順が早い花ほど大きい傾向があった。オクトリカブトの蜜量は位置ごとに有意差があった。また、4種とも蜜量と胚珠数に相関はなかった。ヒメシャガの蜜量と花粉数にも相関はなかった。